NISAは2014年1月から金融庁がスタートさせた税金がかからない資産運用方法です。

かなり有用な投資方法にもかかわらず、運用している方はたった1,246万人2018年12月時点、金融庁発表データ参照)。

NISA・ジュニアNISA口座の利用状況調査

積立NISAに至っては日本人口1.2億人のうち、わずか103万人しか利用していない状況です。

この記事では1億人以上もいる投資をしない日本人が背負わなければいけない課題をご紹介します。

この記事でわかること
  • 投資をしない場合の課題がわかる
  • 投資が人生において必要な理由がわかる




資産運用しない人の課題

生涯年収の使い道

企業で会社員を続けていけば、生涯お金に困ることはないと考えるのは大きな間違えです。


日本人の平均年収400万円(中央値)を参考にした場合、22歳から65歳までに稼げる生涯年収は1.72億円。

ここから老後のための生活費、住宅費を差し引くと、自分で使える生活費は毎月たった11万円です。


高すぎる生涯住宅費

生涯住宅費は新築戸建てでも5,000万円はかかります。

4,000万円の新築一戸建て住宅を購入しても数十年住んでいれば固定資産税もバカになりません。子供の成長(家族構成)や老朽化に合わせてリフォームが必要になり、結果住居の維持管理費で1,000万円程度の金額が上乗せされます。

マンションの場合はさらに最悪です。マンションへの管理費や駐車場台など余計なランニングコストが発生しているだけでなく、固定資産税も戸建てに比べると下がりにくいため生涯居住費は7,000万円は超えます。


子育ても諦めるしかない

平均的な年収の場合は毎月11万円以下に生活費を抑えなければいけないわけですから、当然子供を育てられるほどの経済的な余裕はありません。

平均的な養育費は1,000万円程度。子供を成人まで育てると考えた場合に最低限必要な金額です。


老後は年金ももらえない

老後に必要な生活費は一人当たり約3,000万円と言われています。

パートナーが働いていない場合は、仕事をしている側がパートナー分の老後生活費も稼げる時に稼がなければいけません。

老後にもらえる年金額も年々減少しているので、今の20代30代の方がもらえる保証はありません。


年金がない場合は3,000万円以上の貯金額が必要となり、会社員の給料だけで生涯を過ごすことは社会構造上ほぼ不可能な状態です。


年収400万円を維持できない覚悟

終身雇用時代は終わった

平成元年には景気が良かった銀行業も令和に近づくにつれて大量にリストラを敢行していきます。


2019年4月に経団連の中西会長が「終身雇用制度を続けていくのは難しい」と語ったように、経済動向が激しく変わっていく時代において同じ人を生涯企業が支えていくことが難しくなってきたということは明白です。

大企業が45歳以上を対象として早期退職や人事異動で事業のスリム化を狙うのも、現在の経済競争に対応するため。

横断的なスキルやビジネスで勝ち抜くための能力が乏しい40歳以上の会社員は今後リストラ対象としてのイメージが強くなっていく時代になります。


企業で働くということは企業のニーズに答え続けるということであり、自分のやりたいことではなく企業が求めていることに答え続けなければいけません。

当然、ニーズに答えられなない状況や人工知能技術などのテクノロジーの進化により人を雇う必要がなくなれば、給料をもらうことが難しくなっていきます。


年齢を重ねるとリスクは増える

会社に勤めるというのは労働力を提供して給料を得る行為です。

提供できる労働力は若ければ若いほどエネルギーがあり、年を重ねることによって能力は衰えていくのが普遍的な事実です。


企業に提供できる能力が衰えれば当然対価として支払われる給料も減るわけなので、永続的に給料を上げる(もしくは維持する)ということが難しくなってきます。

労働集約型ビジネスであればあるほど、年齢はリスクになることを理解しなければいけません。


【まとめ】投資や資産運用を絶対やらない人が覚悟すること

この記事でお伝えしたかった「投資や資産運用を絶対やらない人が覚悟すること」をまとめると以下の通りです。

  • 年収400万円の生活費は11万円しかない
  • 子供も産めないし、年金ももらえない
  • 年齢を重ねるとリストラされる可能性が高い
  • 終身雇用はほぼ不可能

労働だけで不自由なく暮らすのは不可能

不自由なく暮らせるという条件は人によって異なりますが「子供3人」「生活費50万円/月」「老後貯金は夫婦で1億円」を想定した場合、平均年収は1,041万円を実現させる必要があります。

年収1千万円というのは労働人口の5%未満で、ほぼ不可能な数字です。

この事実に気づくことができれば不自由なく暮らすためには労働だけでは足りない(もしくは労働では不可能)ということがわかります。